Joomla!とはまったく関係無い話なのですが、どうしても「もやもやと気持ち悪い」ので、書かせてもらいます。
私はたまにイベントなどの手伝いをする事があります。先日あるイベントで市内のいくつかの小学校の児童が描いた絵を展示する機会がありました。牛の絵だったのですが、ある小学校の作品を展示してる途中で???どの絵もそっくりなんです。牛がそっくり上手に描けてるって事じゃなく、どの児童の絵も同じ構図で、まるでコピー・模写をしたかのような絵がずら〜っと並ぶわけです。数点だったら、「仲良しグループで同じ様な描き方しちゃったな〜」で済むのですが、ひとつの小学校の絵が全て同じに見える!? 絵を壁に貼りながら(一生懸命描いたであろう児童には悪いが)もやもやと気持ち悪くなってきました。
『絵画コンクールに入選しやすい構図』????
後日、学校関係の仕事をしている友人にこの話をしてみたら、
「『絵画コンクールに入選しやすい構図』ってのがあって、近頃の学校ではその“入選しやすい構図”で子供達に描かせているらしいよ。」
と聞かされました。私が子供の頃はそんなことはありませんでした。少なくとも私は“そんな絵の描き方を強いられた”事はありません。写生会があって、できあがった作品を教室の後ろの壁や、廊下の壁にはりだされていた事を思い出してみても、みんないろんな目線でいろんな描き方をしていました。私も小学生の頃、牧場に牛を描きに行った事がありますが、ある友達は画用紙の中に何頭もの牛がいる絵だったり、ある女の子は牛の顔だけをドアップで描いてたり、みんな牛を描いてるのに豚を描いちゃってる奴がいたり…。
「自分が見たモノを、感じたモノを描こうね!」ってのが基本だったと思うのですが、今はそうじゃないんですね?
「絵画コンクールの審査員の先生が気にいってもらえる絵を描きましょうね〜」って事ですか?
「子供の個性が…」とか「表現の自由が…」とか、きれい事を言う気は全くないのですが、…なんとなく、気持ち悪い。
目標・結果の為の手段?
国語や算数が勉強なら、図画工作も勉強。テストで100点を目指すのが目標で良い点数をとるのが結果。絵画コンクールで入賞するのが目標で入選するのが結果。って考え方もありかもしれないけど…。つまらない…。もちろん、常に絵画コンクール向けに絵を描かせているわけではないだろうから、自由な構図で描かせたりする事もあるんだろうから「表現の自由を規制されてる」なんて深刻に考える必要は無いのかもしれないけど、だったら逆に「入選しやすい構図じゃないと入選できな絵画コンクールってなんなの?」と思います。
“子供の絵”に限った事ではありませんが、「何の為にやってる事なのか?」ってのが少しずつぼやけてきて、何年も経って気がついたら、元の“何の為”が全く見えなくなってる事って結構ありますよね?
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追記:酒井式なんてモノがあるらしい!?
この記事を途中まで書いてから、いろいろと検索してみたら「酒井式」というキーワードにぶつかりました。どうも、これが「問題の元」のようです。いや、違うかな? 正確にはこの手のモノの利用方法を間違えて…、単純に頼ってしまって“何の為”が見えなくなってしまっている指導者が“諸悪の根源”であるのは間違いないでしょう。
まだ、さっき「酒井式」なるモノの存在を知ったばかりなので軽々な事は言えないが、この「酒井式」ってのは平たく言うと「絵の描き方マニュアル」で、このマニュアルに従って描くと、誰でもそれなりの“上手な絵"(「上手」の定義がわからんけど…)が描けるらしい。
もしも、絵を描くことが苦手な子がいたとします。この子は「ボクは、○○ちゃんみたいに上手に絵が描けないから絵を描くのは苦手なの…」なんて思ってしまっていて「絵が苦手」になってしまっています。ですが、この「酒井式」で絵を描いてみたら前よりも上手に描けた! なんか絵を描くのが好きになってきたよ!
はい、この子に対して「酒井式」で指導するのはここまで! これからは自由に自分の描きたいモノを自分が感じたままに描けば良いよ〜!
こんな感じの“使い方”だったら“有効な手段”と言えるかもしれませんね。ですが、全員にガッチガチに縛った同じ描かせ方してたら…。「廊下に並ぶ子ども達の絵」はコピーしたような同じモノが並ぶちょっと怖いモノになってしまうのではないでしょうか? 先生方…どうですか? 子ども達の絵を楽しく鑑賞できますか? 私の子供があと何年かして小学生になって、授業参観とか行った時に、廊下に並ぶコピーのような絵達を見させられると思うと…ゾッとします。
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